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高知地方裁判所 昭和48年(ワ)62号 判決 1976年4月19日

原告 井上和子

右訴訟代理人弁護士 梶原守光

同 土田嘉平

同 山下道子

被告 国

右代表者法務大臣 稲葉修

右指定代理人 安藤文雄

<ほか五名>

主文

被告は原告に対し金二七二万六、一一六円及び内金二四七万六、一一六円に対する昭和四八年二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。この判決第一項は仮に執行することができる。

ただし、被告において金一五〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金三七五万六、一一六円及び内金三四七万六、一一六円に対する昭和四八年二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として次のとおり述べた。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告が昭和四五年八月三日高知県朝倉の荒倉トンネル北側入口付近において、交通事故にあい、同日国立高知病院に入院し、同四六年六月二五日まで入院、治療を続けたこと、同病院においては岡田勝良医師らが原告の治療を担当したが、同四五年一一月二七日に至って原告の右股関節に脱臼のあることを発見し、同年一二月二日観血的右股関節脱臼整復手術をなし、脱臼を整復したが、その結果、原告にある程度の後遺症が残ったことは当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫を総合すると、原告は昭和四五年八月三日交通事故により受傷し、直ちに国立高知病院に救急車で運びこまれたので、同病院整形外科医長の東川医師が診察したところ、顔面及び右下股の裂傷等を確認したので、レントゲン写真撮影を外創部並びに打撲がみられた右下腿、右踵骨、頭部、左大腿、左膝、左足関節について行うとともに、右下腿裂傷部等の縫合処置をし、開放性右下腿骨折については大腿上部から足尖まで副子固定をしたこと、しかし原告が右股関節を脱臼したため、骨頭が臀部で寛骨臼の後上方にふれてふくれているに気付かず、また右足が左足より約五センチメートル短くなっていることにも気付かなかったこと、原告の右腿の屈曲、内旋等の程度は極く僅かであったこと、従って、原告の右股関節部についてはレントゲン写真をとっていないこと、原告の診療は国立高知病院整形外科の東川、岡田、小川の三医師が担当したこと、同月六日には原告の右足にギブス包帯がされ、同年一一月六日まで続いたこと、原告は入院当初から脱臼発見のころまで腰部痛や腰部のすくみ感を看護婦に訴え続けていること、入院当日は原告が興奮していたので、ほとんど問診できなかったが、翌四日夕方には原告が看護婦に事故時の模様を話し、一〇日には東川医師に対し、事故当時軽四輪貨物自動車を運転中、交通事故の現場検証をしているのをちらちら横見しながら脇見運転をしたため道路中央線をこえ、反対方向から来たダンプカーと正面衝突し、その際アクセルをふんでいた右足がひどく曲り、ハンドルが腹にくいこんで来たと述べたこと、原告から右足が短いなどの訴えがあったので、担当医師において右股関節部のレントゲン写真をとったところ、右股関節脱臼が発見され、後方脱臼のうちの腸骨脱臼であることが確認されたこと、同年一二月二日に国立高知病院において本件脱臼の観血的整復手術が行われ、その後翌四六年六月二五日の退院に至るまで機能訓練が継続されたこと、原告は同四六年九月二八日土佐市民病院において前記手術の際、装着されたキルシュナー鋼線を抜去したが、原告主張のような機能障害が残ったこと、以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

≪証拠省略≫によると、外傷性股関節脱臼は埋没轢傷等の大な外傷によっておこり、多くは屈曲を強いられて、骨頭が関節嚢の弱い場所である後下方を破って関節外に脱臼することによって生じるもので、肩、肘関節についで脱臼発生頻度が多い。脱臼の種類は後方脱臼、前方脱臼、上方脱臼の三種に大別されるが、このうち後方脱臼の腸骨脱臼が最も多いとされている。そしてその症状としては骨頭が腸骨脱臼では臀部で寛骨臼の後上方にふれる。従って大腿は屈曲、内旋、内転位をとってその位置で弾撥性固定があり、疼痛のために自動運動は不能である。以上の症状すなわち骨頭異常位、弾撥性固定、機能障害等でその診断は比較的簡単であるとされている。

前認定事実によれば、原告は国立高知病院に入院するにあたり、原告が交通事故によりうけた疾患の治療を依頼し、被告はこれを承諾したので、その治療を内容とする準委任契約が成立したので、被告は右債務の本旨に従い善良なる管理者の注意義務をもってその債務を履行すべき義務があるところ同病院整形外科の東川医師らは原告の右下肢の骨折の治療に注意を奪われ、骨頭が臀部で寛骨臼の後上方にふれてふくれており、更に右足が左足より約五センチメートル短くなっているのに、不注意にもこれを見落したばかりでなく、原告が右下腿を骨折していることは衝突時の衝撃により、右下腿を座席前部のダッシュボード等に激しく打ちつけたことを推測させるものであるうえ、原告は同月一〇日、東川医師に対し事故当時軽四輪貨物自動車を運転していたが、正面衝突したため右足がひどく曲り、ハンドルが腹にくいこんで来たと詳細に述べていること、原告が股関節部を明示したものでないにしても腰部痛を当初からしきりに訴えていることからすると、整形外科の専門医師としては遅くとも入院した八月三日から一〇日ころまでの間に触診或いはレントゲン写真等により原告の股関節脱臼を発見すべきであるのに不注意にもこれを看過し、そのための検査、治療措置を一切行わず、その整復可能な時期を失したものというべく、以上の如き事実関係のもとでは被告の不完全履行と原告の後遺障害とは相当因果関係があると認めるのが相当である。

被告は原告には股関節脱臼に伴う激痛、異常肢位等がなかったので治療には過誤がなかった旨主張するけれども、前記のとおり股関節脱臼は必ずしも激痛を伴うものではなく疼痛のこともあり、更に前記認定事実からすると、被告が充分注意して原告の診療にあたっていなかったためというほかない。

原告の担当医師らが国立高知病院に勤務する国家公務員であったことについては争いがないから被告は右治療契約上の債務不履行によって原告の被った損害を賠償する責任がある。

三、損害

1  逸失利益

≪証拠省略≫を総合すると、請求原因第四項2記載のとおりの事実及び原告は昭和四六年九月二八日キルシュナー抜去しているが、右のような後遺症がなお残ること、逸失利益の現価額は原告主張のとおり金二四八万六、一一六円であることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

2  慰謝料

≪証拠省略≫によると、原告主張のような機能障害が残っていること、及び本件残存障害が一原因となって夫登貴彦と別居生活をするに至っていること、並びに前認定の事実その他諸般の事情を斟酌すると、慰謝料としては金一〇〇万円をもって相当と認める。

3  原告は自賠責保険金一〇一万円を受領したことを自陳し、これを損害額から控除することとしているので、1、2の損害額計金三四八万六、一一六円から差引くと残額は金二四七万六、一一六円になる。

4  弁護士費用

≪証拠省略≫によると、原告は被告が任意に弁済しないため本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し着手金として金八万円を支払い、成功報酬として金二〇万円の支払を約していることが認められるが、事案の難易、請求額、認容額等を考慮すると、弁護士費用としては金二五万円をもって相当と認める。

四、結論

よって、原告の本訴請求は原告が被告に対し金二七二万六、一一六円及び内金二四七万六、一一六円に対する昭和四八年二月二三日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、民事訴訟法第八九条、第九二条、第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 青山高一)

<以下省略>

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